▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲ 最後の願い   作者:赤砂 多菜  キャラ:美坂 栞(Kanon) ※改行無しの為、読む時は  ウィンドウサイズで調整するなりして下さい ▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲ 神様…… もしも会えたなら聞きたい事があります。 私は何か悪い事をしましたか? こんな苦しい思いをして…… 大切な人達を悲しませて…… こんなめにあわなければならないほどの事をしたんですか? 私は死にたくないです。 いっそ死んでしまいたい位辛い毎日だったけど、それでも大切な人に会えました。 本当はもっともっと一緒にいたかったです。 ----------------------------------------------------- とても、静かだ……。 噴水の音だけが辺りに満ちて。 積もった雪は溶けずに、陽の光を微かに反射する。 きれい…… そんな事を思ってしまう。 真冬の公園。 誰もいない。 沈黙の中でふと、思い出してしまう。 私の誕生日。そして、最後に祐一さんと会った夜。 想い出と言うにはあまりにも日が浅すぎる。 でも、永遠のように遠く感じられた。 春の暖かさ。夏の風。秋の匂い。 たぶん、もう感じる事は出来ない。 死んだら、どこへ行くんだろう。 そんな、無意味な事を考えてしまう。 「何も考えたくなかったから出てきたのに」 本当はあまり出歩くべきじゃない。 祐一さんにばったり会ってしまったりしたら……。 とても辛いから。 今の時間ならまず会うことはないはずだけど。 でも……、でも、本当は…… 「……あの」 人がいた。 気が付かなかったのは、考え事をしていたせいだと思う。 祐一さんだったらどうしようかと思ったけど違った。 でも、知ってる人。 「確か、栞ちゃん……よね?」 そう、この人は確か。 「はい、名雪さん」 確か、祐一さんのいとこだったと思う。お姉ちゃんの友達でもある。 一度しか会った事がないけど、祐一さんから話だけは聞いていた。 ……夜7時には寝るとか、一度寝に入ると核戦争が起こっても起きないとか無茶苦茶言われてたけど。 そう言えばお姉ちゃんも、言ってたような。 確か、睡眠のとりすぎで脳が溶けてるとか……。 たぶん、冗談……よね? 普通に見えるし。 「どうしたんですか? こんな所で。学校はどうしたんですか?」 まだ午前中、その上に名雪さんは制服を着ている。 でも、名雪さんの方も不思議そうな表情をする。 「え? だって、じゃぁ栞ちゃんはどうして、学校行ってないの?」 「それは……」 どうしようか? 本当はあの学校に通った一週間が特別だったなんて言えない。 ずる休みしたとでも…… 「今日が創立記念日だからでしょ?」 ……あ しまった。そうだった。 ずっと、学校に行ってないから忘れてた。 そう言えば、家を出る時、お姉ちゃんの靴がまだあったんだ。 いけないっ。 と言うことは本当に祐一さんに会ってしまうかもしれないっ。 早く帰らないと。 ……あれ? でも、どうして名雪さんは制服を着てるの? 「私、部長さんだから」 どうも、部活動という事みたい。 ふと何かを思いだしたように、名雪さんが時計を見た。 「いけない、急いでたんだった」 クルリと踵を返す。 「ごめんなさい。また、今度ね。遅刻寸前だったの忘れてたっ」 「あ、はい。また、今度」 たぶん、またはないと思いますけど……。 「100mを5秒で走らないと間に合わないよ〜」 「……がんばってください」 「うん、ふぁいとだよ」 あっという間に、その後ろ姿が小さくなっていく。 さすがに100mを5秒は無理だと思うけど、でも名雪さんは本当に速かった。 部長と言ってたけど、もしかしたら陸上部か何かかな? 「……帰ろう」 風に乱れたストールを巻き直して、歩きだした。 地面に降り積もった粉雪。名雪さんの足跡がまだ残っている。 雪が降れば、雪が溶ければ、この足跡は消えてしまう。 でも、だったら、また足跡を付ければ良いんだ。 何度でも。 だって、名雪さんには明日があるから。 でも、私は消えたらそれっきり。 何も痕跡を残せなくなる。 そして、この足跡のように何もなかったようになってしまうのかな? 祐一さんも私の事を忘れて? 例えば、今会った名雪さんとつき合うのかも知れない。 同じ家に住んでるって言ってたから、たぶん一番、祐一さんに近い女の人。 「だから、どうしたんだろう?」 言えない。 私以外の誰ともつき合わないで下さいなんて。 いなくなってしまう私に縛りつけるなんて。 でも……、でも…… 「どうして、こんなに辛い思いをするのかな?」 足がいつの間にか止まっていた事に気付いた。 「帰るんだったね」 私は無理矢理笑った。 泣きたくなかったから。 ----------------------------------------------------- あの時の記憶。 お姉ちゃんが私に【真実】を告げた日。 私の未来が消えた日。 幸せが終わって、苦しみが始まった日。 誰も助けてはくれなかった。 そして、誰にもどうしようもない事を知っていた。 人間はいつかは死ぬ、そんなお約束な言葉。 でも、そう言えるのはそのいつかが分からないから。 あの日に分かった事の一つ。 ----------------------------------------------------- 「……あれ? ここは?」 まだ、頭がはっきりしないまま、周りを見渡した。 そして、自分自身に苦笑してしまった。 だって、自分の部屋だったから。 公園から戻ってきて、少しうとうとしていたら、そのまま寝ちゃったみたい。 ガラス窓を通して差し込む光が真っ赤だった。 時計を見るともう夕方だった。 シャッ! カーテンを引いて、窓を開く。 夕焼けが綺麗だった。 そして、それは時間と共に輝きを失っていく。 「………」 少し泣けてきた。 窓とカーテンを閉めて、ふと壁を見る。 私の制服がかけてある。 (起きないから、奇跡って言うんですよ) 祐一さんに言った言葉。 ……そして、ずっと自分に言い聞かせてきた言葉。 もう、長い間、注射をうっていない。 薬は絶えず飲んでいるけど。 私を蝕んでいる病気はとても珍しい種で、治療方法がまったくと言っていいほど確立されていないと、お医者さんは言っていた。 極端なまでの内臓の機能低下。今は薬で抑えていても、いずれは均衡を破って……終わる。 入院はしていない。 お医者さんはそれを勧めてはくれたけど、入院したからと言って長く生きられるという訳でもないらしいから。 だから、入院はしない。せめて、死ぬときは家族と一緒にいたかったから。 少し前までお姉ちゃんに避けられていて、少し入院しなかった事を後悔したけど、今は本当にこれで良かったと思う。 「しおり〜! ごはんよ〜」 あ、お姉ちゃんの声。 もうそんな時間。気が付かなかった。 (分かった。すぐ、おりるね) ポタッ、ポタッ 声が出なかった。 一瞬、何が起きたか分からなかった。 膝が崩れた。 体に力が入らない。 トサッ 床に倒れた私はようやく気が付いた。 服や床に付いた赤い色。 私は血を吐いていたんだ。 「栞? 早くしなさいよ」 部屋の外から聞こえるお姉ちゃんの声。 いけない、呼んでるんだから早くいかないと。 でも、体に力が入らない。 動かないと……お姉ちゃんが呼んでるから…… ----------------------------------------------------- もう、終わりなの? もう、終わりなの? いやだ。 死にたくない。 誰か助けて下さい。 私はそんなに物分かりが良くないです。 まだ、やりたい事がいっぱいあるんです。 みんなみたいに夢や未来(さき)を見ていたいです。 どうしてなんです? どうして私なんです? どうして私だけが死ななければならないんです? お父さん、お母さん お姉ちゃん 誰か助けて。 祐一さん 祐一さん 祐一さん お別れなんていやです。 もっともっと一緒にいたいんです。 ずっと一緒にいたいんです。 ----------------------------------------------------- ……声が聞こえる。 「……りっ」 え? よく聞こえない。 もっと、はっきりと…… 「栞っ!」 え? 「お姉……ちゃん?」 泣きながら私の体を抱きかかえて 「ちょっと、しっかりしなさい。いま、お医者を呼んだからっ!」 そう言うお姉ちゃんの手は床を触ったのか、私の血で染まっていた。 体に力が入らない。 「……栞?」 ようやく、持ち上がった腕をお姉ちゃんの方へと上げる。 お姉ちゃんが私の手を取ってくれた。 「……お母さんは?」 「今、父さんの会社に電話してるわ」 「そうなの……」 胸の奥が焼けるように熱い。 それ以上に、予感があった。確信してしまった。 「お姉ちゃん。いままで迷惑かけて、ごめんね」 「な、なに馬鹿な事を言ってるのっ?!」 たぶん、お姉ちゃんも気付いている。 気付いていて、それを考えないようにしている。 その時が来たんだ。 意識が急速に遠くなって行く。 たぶん、それに飲み込まれたら戻ってこれない。 「……お姉ちゃん」 「なに?」 「祐一さんに……、ありがとうって……伝えてほしい……の」 そして、全ての感覚が消えた。 ----------------------------------------------------- 私は商店街に立っていた。 買い物袋を下げたおばさんが通り過ぎていく。 向こうでは雑貨屋の店員とおじいさんが話し込んでいる。 どこにでもある風景。 「どうして?」 確か、私は部屋で倒れて……、そしてどうなったの? 歩いてみると確かに感触がある。 これはよく、走馬燈のようにと例えられる、人が死ぬ間際に見る夢なのかな? ……でも、私はそんなにこの商店街に来ていない。 それに……、何か違う気がする。 以前、祐一さんと一緒にいったゲームセンターの場所にはパン屋さんがあった。 その横のお店は看板がもの凄く汚れていたのに、いまは開店したてのように綺麗だった。 これは夢? 誰かが私の横を駆け抜けて言った。 小さな女の子。リュックを背負ったまま駆け抜けていく。 ……うそ…よね。 振り返った時には、その女の子は声をかけるには遠すぎた。 ……そんなはずはない。でも、その女の子は… 確かにお姉ちゃんだった。 香里お姉ちゃん? だって、どう見ても私より年下だったよ。あの子… 「ここ、どこ……?」 怖かった。 知ってるようで知らない場所にいる。 「栞……ちゃん?」 「!」 振り返るのが怖かった。 知ってる人の声。 でも、もしその姿がお姉ちゃんみたいに小さかったら。 「栞ちゃん、どうしたの?」 さらに声が問いかけてきた。 すっと息を吸って覚悟を決めた。 「やあ」 手を挙げて挨拶して来た女の子はやっぱり小さかった。 あ、でも考えたら元々…よね。 「……栞ちゃん。もしかして、すっごく失礼な事を考えてない?」 あゆさんがじっと私の顔を見つめてくる。 「いえ、たぶん、きっと、おそらく、気のせいです」 「……その、あからさまにそらした視線は何?」 「いえ、夕日が眩しかったから……」 「まだ、昼だよ」 ……え? 私はぎょっとして、改めて周りを見渡した。 明るい…… 確かにあゆさんの言うとおり昼だった。 どうなってるの? さっきまで、家にいて、夕方で…でも、ここは商店街で、昼間で…… めまいがしそうだった。 「ところで、栞ちゃんはどうしてこんな所にいるの?」 「え?」 どうして? そんなの分からない…… 「あ、あの、あゆさんこそ、どうしたんですか?」 どう答えていいか分からなくて、思わず聞き返した。 あゆさんはキョトンとした顔つきで、 「ボク? ボクはね……」 少しうつむく。 背中に背負ったリュックから生えた羽がどことなく、寂しそうに感じられた。 「帰る所だよ」 「あ、そうなんですか」 そう言えば…… 「捜し物をしていたんですよね。見つかったんですか?」 あゆさんは顔を上げた。 気のせいかな? どことなく、辛そうに見える。 「うん……、見つかったよ。だから、もうここにいる理由がなくなっちゃったんだ」 「ここにいる……理由?」 変だ…… 今更ながら気が付いた。 静かすぎる。 気付いたら私達二人以外、誰もいなかった。 さっきまでいた、通行人も店員も見あたらない。 「どうして?」 「夢が覚めるからだよ」 哀しそうな声だった。 「夢?」 「そう、夢だよ。ずっと待ち続ける夢」 視界を白いものがちらついた。 雪…… 「ずっと、夢を見ていたよ。いつか会えると信じていたから。……でもね。会ってしまったら終わりだったんだ」 「終わり?」 「うん、夢には終わりがあるんだ。だけど、ボクは夢の中にいたかった。だから探していたんだ、大切なものを」 あゆさんがそっと手を開く。 そこには小さな人形があった。 ボロボロで羽が半分とれていて酷い姿だったけど、それは天使の人形だった。 「もしかして、これを探していたんですか?」 「うん、これはね。どんな願い事も叶えてくれるんだ」 「どんな事も?」 「そう。だけど、三つだけ。三つだけしか叶えられない。そして、もうボクは二つ願い事をしちゃってるんだ。だから、後一回しか叶えられないんだ」 そう言って、人形をもったまま、私の手を握り締めた。 ……え? あゆさんが手を離した時、人形は私の手にあった。 「だから、あげる」 「え? そんな、大切なものなんですよね? 貰えないですよ」 「……ぼくには必要なかったみたいだから」 「で、でも、ずっとこれを探していたんでしょう?」 あゆさんが私を見つめる。 その瞳が揺れていた。 「そうだよ。でも、こんな事ならずっと見つからない方が良かったよ」 「ど、どうして」 「だって、そうならずっと探していられたんだ。何も知らず気付かず祐一君と一緒にいられたんだ」 つぅ…… 「?!」 一筋の涙。あゆさんの頬を伝って地面に落ちた。 背筋が寒かった。凄く寒気がした。 周りがすでに真っ白だった。 雪。 雪が周りを覆っている。 何も見えない。 建物も、道路も、そしてあゆさんも。 「捜し物が見つかったら、ずっと一緒にいられると思ってた。だから、一生懸命探してたんだ。でも、違った。見つけたらそれまでだったんだ」 声だけが聞こえる。 「ど、どうしてですかっ」 「だって、両方は叶えられないからっ」 ……両方? 「祐一君とずっと一緒に居られる事。……そして、祐一君が笑ってくれている事っ!! でも、ボクじゃだめなんだ。ボクがそばに居ても笑ってくれないっ、ボクじゃだめなんだっ!!」 胸が痛かった。 祐一さんが笑わないのは、私のせいだと思うから。 「だから、それをあげる。一つだけ願いが叶う。そして、栞ちゃん。……キミなら一つで十分だから」 一面の白。 それ以外、何も見えない。 そして、それが割れた。 ガラスのように。 その破片のいくつかがわたしの手にした人形に吸い込まれていく。 そして、いつの間にか人形は綺麗になっていた。 羽もちゃんと左右そろっている。 「さぁ、願い事を言って。それで夢が終わるから」 ……… 「てん……し?」 目の前にあゆさんがいた。 背中に羽が生えていた。 リュックについていたような羽じゃなくて、鳥のような立派な羽が。 「さぁ、早く」 でも、でも最後の願いを叶えてしまったらあゆさんはどうなるの? あゆさんが…… 「祐一君が哀しんだままでもいいの?」 「だけどっ」 「夢はいつか終わるんだ。夢を見たままじゃいられない。いつかは醒める。それが夢だから」 天使の人形が私の手を離れる。 あゆさんと私の間に浮かんで、まるで私に向かって微笑んでいるように見えた。 「一つだけ、約束してくれるかな」 「……はい」 「祐一君を幸せにして欲しい。それだけで……それだけでいいから」 「約束……します」 私は泣いていた。 「私の願いは……」 そして……夢が終わった。 ----------------------------------------------------- 夢を見ている。 私じゃない誰かの夢。 大切な人を待ち続けて。 ずっとずっと待ち続けて。 そして、会えて。 でも、別れてしまった。 大切な人の為に。 そんな哀しい夢だった。 ----------------------------------------------------- 雪が溶けて春が来る。 暖かな季節。 アハハハハ 小さな子供が走っている。 そして、立ち止まって振り返る。 「ほらー、パパ、ママ。早くおいでよ」 父親が苦笑する。 その後ろでは母親が息を切らしている。 全力で追って来たらしい。 「こらこら、そう急ぐな。オレはともかくママはトロイんだからな」 「……酷いです、祐一さん」 「気にするな、栞。事実なんだから」 「フォローになってないです」 母親の不満そうな表情に肩を竦めながら、父親は自分の娘の後ろ姿を見て幸せそうに微笑んだ そう幸せだ。 彼には大切な人がそばにいる。 妻と娘。 彼女達がそばにいる限り、彼は幸せでいられる。 「ともかく、ゆっくり歩け、別に動物園は逃げやしなんいだからな、あゆっ」 彼が知らない約束。 それはずっと守られていく。 これからも…… ○FIN○